see ya

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    See ya!
    って、See you!の略語なんだね。
    See you. see ya. またね。じゃあね。的なもんなんだねぇ。
    なるほど。

    シュノーケリング(水中撮影) 三浦半島の和田長浜海岸にて。

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      シュノーケリング(水中撮影) 三浦半島の和田長浜海岸にて。

      ちょっと古い動画ですが、再編集したものをYouTubeにアップしたので。

      良かった、見てやってください。


      季節も春っぽくなってきたので。
      あとは、夏がくるのを待つだけで。

      ギラギラ夏が、待ち遠しいです。



      和田長浜海水浴場は、三浦半島の油壺の手前。
      駅でいうと、京急 三崎口駅のちょい手前です。

      東京からですと、第三京浜〜横浜新道〜横浜横須賀道路で、衣笠ICで降りて
      ※もしくは、三浦縦貫道路で
      ちょこちょこ走ると、すぐ和田長浜海水浴場に到着です。


      大きな地図で見る

      関東では、少ない透明度の高い海です。


      ヤマダ新宿西口館

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        抽選券(σ・∀・)σゲッツ!!

        青空夏雲暑い夏

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          夏ですね。

          暑い暑い
          汗噴き出して
          お待ちかね
          やっとこさの夏が来た!



          昨日届いたDVD。
          JR九州の新幹線開業CM集

          励まされてるようで、嬉しさわけて貰えるようで。
          元気貰えて貰えたようで、ついつい嬉しくて泣けてしまうんだなぁ


          うまく書けないけど、今の日本に必要な「一体感」があるんだなぁ

          何度見ても涙腺ゆるんでしまう。
          すごいCMなんだなぁ

          キター!

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            届きました!

            ひぃ♪さん。ありがとう

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              写真仲間の。
              お友達のひぃ♪さんが、

              ずっと、病気で療養してたんだけど。
              療養しながら、日本中を旅して、飛び回って、食べまくって、写真撮りまくって。
              すっごい負けず嫌いなのか、すっごい頑張ってたんだけど。

              もう十分頑張ったからって。
              神様においでおいでされたのかな。

              今日のお昼に。眠るように、旅立ったって、
              連絡いただきました。


              苦しむことなく、穏やかな出発だったって。
              ちょっと安心。


              まぁ、昔のブログの人づてで呼ばれた江ノ島&水族館の写真OFF会で、お仲間になって。
              2008年かな。2月の寒い時だったっけ。

              何度かここにも来てくれて。

              とても行動力のある人で、
              とても明るい、楽しい人で、
              写真が大好きで。
              人が大好きで。

              いい人だっただんけど。

              病気って奴は、なかなか勝てないものなのか。
              苦しかったんだろうなぁ。
              でも、泣き言も言わずに、明るく生き抜いて。立派だったなぁ。
              えらいなぁ。

              また、写真OFF呼んでねって、またわいわい写真撮りたいなっていつも思ってたけど。
              叶わなかったけど。

              そのうち、いずれ。そっち。ウチも行きますんで。
              たぶんまだ先の話だけどね。。。その時は。また、よろしくね。


              写真、一生懸命練習しとくから。
              あら、まだ下手な写真wなんて、言わないでね。


              まぁ、「カメラが違うんだから。カメラとレンズと値段の差が写真の質の差っすよ」って言い訳はいくらでも用意してますので。


              今まで
              いっぱいありがとね。

              優しい元気な言葉、いつもありがとね。


              ひぃさん。ホントにありがとね。

              いっぱい頑張ったんだから。
              ゆっくり休んでね。



              今、たくさんのお友達が、ひぃさんの思い出を書いてるから、雲の上からゆっくり読んでてね。
              気が向いたら、そのうちまた。コメントよろしくね。


              トーキングマシン…的な(笑)

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                まだ喋れないお袋さんと会話する為に…なにかいいモノはないかと…ヨドバシカメラのボビー館で「キティちゃんの・あ・い・う・え・お・のお勉強」っておもちゃ♪みっけた


                千円くらいで、あいうえおのボタンを押すと、あぁ〜いぃ〜うぅ〜えぇ〜おぉ〜 って、ちょっと甲高い声で、喋ってくれます。


                安いからか…音が小さくて、聞き取りにくいのが難点だけど
                まぁ、ボタンを押す指を追えば単語は判るし。


                今から持ってって、会話出来るか試して貰おう。


                さてさて、どうなることやら
                (`∇´ゞ

                まだまだ先は長いぞ!

                リベンジ!三億円!

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                  今度こそ!
                  ( ´∀`)ノ
                  狙います!


                  世の中銭や…なんて思っちゃ無いけど。

                  三億ありゃ奇跡だって起きそうだww


                  当たったら…速攻バリアフリーの完璧介護対応住宅にリフォームだな。
                  (b^ー°)


                  チオビタ飲んで頑張るべぇ

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                    うーん…お医者さんからは、回復するって期待しない方がいいかもって。スッゴく遠回し言われちゃったなぁ。



                    まぁ…仕方ない。


                    コレばっかりは、本人の努力と…神様に祈るしかない。







                    そんなわけで
                    またココの復活を予定してます。

                    最近寝てないので、ゆっくりゆっくりですが。


                    また、お付き合いよろしくお願いします。



                    結局、ここに書くことで救われてた部分が多かったんで。
                    ここがないと。私が倒れちゃう。
                    (°°;)ノ

                    早く元気にな〜れ

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                      徒歩で10分とすぐ近くで一人暮らしをする年老いたウチの母は、福島行きに反対してて。


                      私が福島に向けて準備してると苦々しい顔で「だからってアンタが行かなくてもいいじゃないか」と、何度言い争いになったことか。

                      説得に疲れ「一億総福島を見殺しにする気ですか。誰かが行かなきゃならないんなら私が行きます。」とメールして

                      翌日「息子を誇りに思います。応援します。頑張ってください。」って返事をくれました。


                      5月15日の日曜、母と一緒に、粉塵マスクや踏み抜き防止インナーや福島対策の装備買いに行って、帰りにバーミヤンで中華の皿並べて壮行会してくれて。


                      出発までの平日は、準備でドタバタし顔も出せず、
                      それでもメールか電話はやりとりしてて。


                      5月19日(木)の出発に備え早く寝ようとしたときに、わざわざ電話をくれて寝起きの悪い私を心配してか「起こそうか?」って。
                      大丈夫だからって短い電話を切って

                      それが、ちゃんとした母との最後の会話になりました。



                      5月21日の(土)の深夜に福島から帰宅して
                      夜中だからもう遅いから翌日の日曜の朝に「ただいま」メールしたら、待ちかまえてたのかすぐに「おかえり。おつかれさま。ゆっくり体休めてください」って顔文字付きでメールくれて


                      私は、朝から長靴や雨合羽や道具を水洗いして、汚れ物を洗濯して、
                      あらかた片付いたら午後は倒れるように、泥のように寝ちゃって、夜一度起きたけど何本かブログアップしたらすぐまた寝ちゃって。


                      午後3時くらいか、昼間に寝てる間に母から届いたメールは…横線が数行ならぶよく判らない本文で。
                      不思議に思いながら、操作ミスかなと解釈してしまって


                      月曜に、夕方にメールしても返事ないし、家の電話も出ないから、どっか出かけてお友達とお茶でもしてるんだろうってまた勝手に思ってしまって。


                      でも、翌日も返事ないし、電話も出ないし、さすがに心配になって…
                      母の家に行ったら

                      明かりはついてるのに、電話は鳴ってるのに出ないから、合い鍵で中に入ったら、ベッドからダラリと垂れた母の脚がみえました。

                      慌て部屋に入ると、生気のない、表情のない顔でゆっくりと身体を起こす母がいました。

                      スローモーションのように私を見あげ、クラゲのような顔をしてました


                      一目で脳梗塞だと分かりました。

                      呼びかけには反応しますが、声は出ず
                      顔面と右半身が麻痺してました。

                      救急車を呼んで。待ってる間、呼び掛けても、うなり声のような声しかだせず

                      水を飲ませても全部こぼしてしまい。

                      立とうとするけど立てず。


                      救急車で救急病院に運ばれ、やはり出血性脳梗塞と診断され、そのまま入院となりました。



                      きっと日曜の午後、私が寝てる間に母は脳梗塞を起こして倒れたのでしょう。

                      喋れないから、やっとの思いでメールを送ったのでしょう。

                      文章を書く能力はなかったのでしょう。横線並べて、助けてのサインを送ってくれたのでしょう。

                      メールを送信して、安心してベッドに寝て助けを待ってたんでしょう。



                      私は、勝手な判断で睡眠を選び、仕事を優先し、倒れた母を2日間もほったらかしました。

                      極悪人です。人非人です。
                      被災地を助けるといい気になって、母を殺しかけました。苦しい時間を過ごさせました。


                      福島なんか行かなきゃ、母の異変にすぐに対応取れたのかもしれません。

                      疲れたからなんて、そんな理由で寝なきゃ、
                      すぐに顔出しに行けば、
                      今よりはるかに軽い症状済んだかも知れません。


                      抜け殻のような母の姿を見てからずーっとずーっと涙が止まらず。毎日毎日涙が溢れ。
                      毎日毎時間ツラいです。
                      常に苦しくてたまらないです。


                      私はいったい誰を助けるために福島に行ったんでしょうか。



                      保険証や診察券を探してて、机の上にあった母の日記を見たら
                      5月18日付けで、頭が痛い、食欲が無く疲れが取れず、だるいと。
                      そして私の事を案ずる心配が書かれてありました。



                      母は私が出発する日には脳梗塞を発症していたんでしょう。

                      苦しかったのに、寝坊助の息子を起こそうと我慢して電話してくれたのでしょう。


                      たぶん、日曜に本格的に血管が塞がり倒れたのでしょう。


                      その後、血管を塞いでた血栓が流れ弱まった血管が破れ脳内出血を起こしたのでしょう。


                      ツラかったんでしょう。痛かったんでしょう。不安だったんでしょう。きっと、待ちくたびれたんでしょう。


                      今、病院で管まだらけになって寝てます。


                      たまに、うなずいたり、笑顔や、首を振ったりして返事をしますが
                      基本は、うつろです。

                      話は聞こえてはいるみたいですが、理解は出来てないみたいです。

                      鏡に映った自分を見るチンパンジーのように、ほとんどの質問には首を傾げるだけです。


                      左手は動きますが、右はダメです。

                      幸い脚は動くのですが、逆に管をつけたまま立ち上がろうとして、看護士さんを困らせます。


                      誰かが常に見張ってないと、二次的な怪我が怖いのです。



                      脳内の損傷なので、立ち上がるなど危険が続けば拘束具を使う旨の書類にサインしました。


                      高齢者の脳内損傷なので、なにかあっても延命処置はしないからと承諾してくれと言われました


                      世間知らずな私は、医療は人を生かすものだと思ってました。命を見捨てる選択があるとは思ってなかったのです


                      宮城や福島で人の生き死にをリアルに感じました。
                      もう人が死ぬのは嫌だと思いました。

                      生きてるだけで幸せだから、死んだら総て終わりたがらって思うけど


                      高額ですから、延命は苦しいだけですから、ご家族の苦労が増えますからと説得されましたが…いまだにその答えは出せません。


                      母の命を終わらせる決定権なんて、病気を悪化させ早期対応せずほったらかしにした私には、欠片もないのです。


                      しかし、いつか決めなければならないでしょう。


                      いつまで、付き添えるか、仕事はいつから再会するか。

                      この病院も長く居られるわけでもなく、1、2ヶ月で退院しないとなりません。
                      転院先はまだ見つかりません。

                      母は母の家には帰れません
                      ここも現状無理です

                      なんだかとっても頭が痛いです。

                      どうしたらいいのか、ツラくてツラくてたまらないです。



                      でも
                      今日は、Macのノートで顔写真を変形して遊ばせたら、顔をしわくちゃにして笑ってました。

                      握手してあげたら、握り返してくれました。

                      顔を拭いてあげたら、とても気持ち良さそうにしてました。




                      きっと母が治るまで。震災ボランティアは行けそうにないです。


                      もし治ったら
                      母が許してくれたら。
                      その時は堂々と宮城・福島・岩手に行こうと思います。


                      ダイソーで買った伝言板に「早く元気になーれ」って書いて見せたら、字が汚くて読めないのか…縦にしたり横にしたり、不思議な目で見てましたっけ。







                      懺悔の代わりに…
                      ろくろく


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